なぜ絞り加工は「一度に仕上げない」のか。工程・材料・不良の考え方

あるとき、製造現場の担当者がこんな言葉を口にしました。

「この形、一発で抜けないの? 毎回何工程も踏むから時間がかかるんだけど」

気持ちはよくわかります。金型をセットして、プレス機で押せば、そのまま完成品が出てくれれば楽に決まっています。でも現実には、絞り加工はそう簡単にいきません。

工程が複数に分かれ、材料の話が出て、しわや割れという言葉が飛び交う。

なぜ、そんなに手間がかかるのでしょうか。

この記事では、工程が増える理由・材料と潤滑の話・しわや割れなどの不良の名前を、入口レベルで整理します。(数式や詳細な設計手順は扱いません。)

目次

なぜ絞り加工は「一工程で終わらない」のか

結論から言うと、金属には「一度に絞れる深さの限界」があります。 

これを超えようとすると、底が抜けるように割れてしまうため、工程を分けざるを得ないのです。

絞り加工とは、平らな金属板(ブランク)を金型で押し込んで、コップや容器のような立体形状に成形する技術です(詳しくは前回記事をご参照ください)。

「一回のプレスで、できるだけ深く絞ってしまえばいいのでは?」

早く製品を完成させるために、工程を減らして時間を短縮しようと思いたくなるのは当然です。

しかし金属の板には「一度に絞れる限界の比率(限界絞り比)」があり、これを超えると材料が破断してしまいます。

ちょうどゴムを引き伸ばすのに似ています。少しずつ伸ばせば形になりますが、一気に引っ張れば切れてしまう。金属も同じで、一度に流す量が大きいほど、材料と金型への負担が大きくなるのです。

よって、工程を分けます。初絞り・再絞りと段階的に形を近づけていくことで、材料への負荷を分散させます。

工程数はどうやって決まるのか

工程数は「できるだけ少なく、でも材料が限界を超えないように」というバランスで決まります。具体的には、以下の要素とセットで考えられます。

  • 形状の深さと径の変化:深いほど、直径が大きく変わるほど、工程が増えやすい
  • 材質:硬い素材や変形しにくい素材は、1工程で動かせる量が少ない
  • 板厚:薄いほど割れやすく、厚いほどしわが出やすい傾向がある

工程数は「設計者が任意に決める」のではなく、形状・材質・板厚という三つの条件から導かれるものです。この認識があると、「なぜこんなに工程が多いのか」という疑問への答えが自然に見えてきます。

Point!

絞り加工が多工程になるのは、金属には「一度に絞れる限界(限界絞り比)」があるから。工程数は形状・材質・板厚の三条件で決まる。設計者の裁量だけで増やすものではない。


「ブランク」の形が、工程のつながりをつくる

ブランクとは何か、なぜ重要なのか

工程を分けるとき、「前の工程の出口の形」が「次の工程の入口の形」と合っていなければ、材料の流れが乱れてしまいます。 その入口・出口の形を管理する起点となるのが、ブランク(絞り加工前の板材の形)です。

ブランクの大きさは、「最終的にどれだけの面積の金属が必要か」を逆算して決めます(表面積一定の法則)。円板に近いシンプルな形から、帯板から抜いた複雑な形まで、製品によってさまざまです。

丸い筒と四角い筒では何が違うか

形状材料の流れ設計上の工夫
円筒(丸い筒)周囲でほぼ均一比較的シンプルに設計できる
角筒(四角い筒)コーナーと辺で不均一流れを整える突起(絞りビード)などが必要

四角い筒や複雑な形状では、コーナー部分と辺の部分で材料の引き込まれ方が大きく異なります。そのため、金型に「流れを整える突起(絞りビード)」を設けるなどの工夫が必要になります。

ブランクの形は、単なる「素材の切り出し方」ではありません。工程全体の流れを左右する、設計の出発点と捉えることが大切です。

Point!

ブランクの形が工程のつなぎ目を支えている。形状が複雑になるほど、材料の流れのムラをどう抑えるかが設計の核心になる。


打ち合わせで必ず出てくる「材料」と「潤滑」の話

絞りの話が具体的になると、材料(何の金属で何ミリか)と潤滑(どんな油を使うか)の話が必ずセットで出てきます。金型の形だけで絞りの良し悪しは決まらないからです。

材料の話では何が論点になるか

材料選びで最初に整理されるのは、「この材質・板厚の組み合わせで、絞りとして無理のない条件か」という確認です。

たとえば、同じ「ステンレス」でも種類によって性質は大きく異なります。素材ごとの代表的な癖として、以下が挙げられます:

  • ステンレス:加工中に硬くなりやすい。プレスで形をつけても、力を抜くと少し戻ろうとする性質(スプリングバック)が大きく、寸法管理が難しくなりやすい
  • 一般的な鋼板(SPCE材等):比較的扱いやすいが、板厚や製造ロットで性質が微妙に変わることがある

また、専門的な指標として「r値(板の厚さ方向への変形しにくさ)」や「n値(伸びのゆとり)」が出ることがありますが、「絞りやすいかどうかの目安となる数字」と理解しておけば十分です。

材料の条件は図面と材料の形状がそろった段階で詰めることがほとんどです。「材料の話が出た=条件の詰めに入った」というサインと捉えましょう。

潤滑(オイル)はなぜ重要なのか

潤滑が不十分だと、材料が金型に張り付く「焼き付き(カジリ)」が起き、製品の品質が一気に不安定になります。 潤滑は金型の寿命と製品の安定品質を支える、現場運営の核心です。

絞り加工では、材料が金型の中を滑りながら引き込まれていきます。このとき摩擦が強すぎると焼き付きが起き、そのまま加工を続けると製品表面にキズや形状の乱れが生じます。

潤滑の目的効果
摩擦を抑える材料がスムーズに流れ、割れを防ぐ
熱を抑える焼き付きを防ぎ、金型の長寿命化につながる
流れをそろえる形状のばらつきを抑える

油の種類や量は、製品の後工程(洗浄・塗装など)とも関係します。油が多く残ると塗装が乗らない、といった問題が起きるためです。また、金型自体に特殊なコーティング(PVD・DLCなど)を施して焼き付きを防ぐ手法もあります。

「潤滑の話=現場の安定運転の話」と捉えておくと、打ち合わせの文脈がつかみやすくなります。

Point!

材料の材質・板厚・性質と、潤滑の条件は、金型設計と同じくらい重要な要素。「金型さえ良ければ大丈夫」ではなく、三つがそろってはじめて安定した加工になる。


「しわ」と「割れ」は何が違うのか

しわと割れは「反対方向の失敗」

しわと割れは、どちらも絞り加工の代表的な不良ですが、起きる理由はまったく逆です。 しわは「材料が縮もうとする力(圧縮応力)が過剰」なとき、割れは「材料が引っ張られる力(引張応力)が過剰」なときに発生します。

打ち合わせや試作現場でこの二つの言葉が出たとき、どちらの「力の方向」の話をしているかを押さえておくと、会話の流れが格段につかみやすくなります。

しわ:材料が「縮もうとする」から起きる

しわは、材料の表面に波打ちや起伏ができた状態です。

絞りの途中、材料は金型の中に引き込まれながら、外周付近で「圧縮される」方向の力を受けます。平らな紙を丸めようとするとシワが寄るのと同じイメージで、圧縮に耐えきれずに座屈したのがしわです。

しわが出やすい条件:

  • 外周・口元・フランジまわり(材料が「縮まされる」部分)
  • ブランクが大きすぎるとき
  • しわ押さえ(ブランクホルダー)の圧力が弱いとき

対策としては「しわ押さえの圧力を上げる」「工程を分ける」「ブランク形状を見直す」などが論点になります。ただし、圧力を上げすぎると今度は割れにつながります。

割れ:材料が「引っ張られすぎる」から起きる

割れは、材料に裂け目やクラックが入った状態です。

しわを抑えるためにブランクホルダーの圧力を上げたり、一度に深く絞ろうとしたりすると、材料が引っ張られる力(引張応力)に耐えきれず破断します。

割れが起きやすい条件:

  • コーナーや底付近(応力が集中しやすい場所)
  • ブランクホルダーの圧力が強すぎるとき
  • 一工程あたりの絞り量が大きすぎるとき

しわと割れは綱引き関係にある

起きる理由起きやすい場所
しわ圧縮応力(縮む力)が過剰外周・フランジ付近
割れ引張応力(引っ張る力)が過剰コーナー・底付近

「しわを抑えようとすると割れやすくなり、割れを防ごうとするとしわが出やすくなる」。この相反するバランスをとるのが、絞り加工の設計と試作の本質的な難所です。実際の現場では、試作とシミュレーションを重ねながらこのバランスを探っていきます。

その他、現場で名前が出る不良

  • ショックライン:製品表面に帯状の線や境目が出ること。
  • 底部の変形・たるみ:底の形状が想定とずれる現象。金型と材料条件をセットで見直す
  • キズ・擦れ:金型面や搬送ラインまわりの問題として出やすい

これらは「その名前が出たとき、どのあたりの話か」を知っておくだけで、打ち合わせへの参加がぐっと楽になります。

Point!

しわは「縮む力(圧縮)」、割れは「引っ張る力(引張)」が原因で、二つは反対方向の失敗。どちらを抑えようとすれば、もう一方が出やすくなる。このバランスが絞り加工の難所。


「寸法が合わない」は、数字ひとつで片づかない

精度の話がなぜ複雑になるのか

絞り品の精度は、寸法公差を一つ守るだけでは管理しきれません。 複数の工程・材料のばらつき・形状の特性が積み重なり、結果として出てくる数値だからです。

絞り品の品質を話すとき、寸法だけでなく、真円度(どれだけ正確な円に近いか)筒がまっすぐかどうか(筒軸の直線度)なども話題になります。

「公差±0.1ミリ以内に収めて」と図面に書いてあれば、それを守ればいいと思いがちです。でも実際には、次の事も考えています。

  • 工程が複数に分かれると、段差やガイドのずれが積み重なる
  • 材料の板厚が微妙にばらつくと、形の出方が変わる
  • 材料の異方性(方向によって伸び方が違う)が、円の形に影響する

こうした複数の要因が重なるため、精度の話は「ひとつの数値だけで片づかない」のが実態です。実務では、測定位置・測定箇所の数・工程ごとの管理点まで含めて整理されます。

打ち合わせで「精度の話」が出たとき、それは単なる数値の話ではなく、「どの工程で、何を、どこで測るか」まで含めた管理の話に展開することが多い、と覚えておいてください。


まとめ

この記事で整理した内容を振り返りましょう。

  1. 工程が複数になる理由:金属には一度に絞れる限界(限界絞り比)があるため、工程を分けて少しずつ形を作る。工程数は形状・材質・板厚の三条件で決まる
  2. ブランクの役割:工程のつなぎ目で形をそろえる起点。「前工程の出口=次工程の入口」が合っていなければ材料の流れが乱れる
  3. 材料と潤滑の重要性:金型の形だけでなく、材質・板厚・潤滑油の三つがそろってはじめて安定した加工になる
  4. しわと割れは反対方向の失敗:しわ(圧縮過剰)と割れ(引張過剰)は相反する関係にあり、そのバランスをとることが絞り加工の難所
  5. 精度の話は複合的:寸法公差だけでなく、真円度・直線度・工程ごとのばらつきが積み重なって左右されます。

次回は、プレス絞りとヘラ絞り簡易金型(ダイレス)フォーミングなど、工法の違いと、金型費とロットのバランスの話を入口レベルでまとめます。

絞り金型について詳しくは、状況を確認しながら説明しますので、お気軽に「植木製作所」へご相談ください。

(※この記事は、絞り加工の会話の前提をそろえるための入門解説です。対策の細部や特殊条件、数式・設計手順は扱っていません。)

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